Lingaku
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ひと
人
は
なぜ
げんご
言語
を
べんきょう
勉強
する
の
か
By Lingaku
N3
きごう
#
きごう
#
げんご
言語
を
べんきょう
勉強
する
りゆう
理由
を
かんがえた
考えた
きっかけ
げんご
言語
を
べんきょう
勉強
する
りゆう
理由
は
、
ひと
人
に
よって
ちがいます
。
しごと
仕事
の
ため
、
りょこう
旅行
の
ため
、
べんきょう
勉強
の
ため
など
、
はっきり
した
もくてき
目的
が
あるひと
ある人
も
います
。
わたし
も
さいしょ
最初
は
、
じつようてき
実用的
な
りゆう
理由
から
がいこくご
外国語
を
べんきょう
勉強
しはじめました
。
しかし
、
ながく
長く
べんきょう
勉強
を
つづける
続ける
うちに
、
げんご
言語
を
まなぶ
学ぶ
りゆう
理由
は
、
それ
ほど
たんじゅん
単純
ではない
と
かんじる
感じる
ようになりました
。
げんご
言語
を
べんきょう
勉強
する
こと
は
、
ただ
あたらしい
新しい
ことば
を
おぼえる
覚える
こと
で
は
ありません
。
その
くに
国
の
かんがえ
考え
かた
方
や
、
ひと
人
と
の
かんけい
関係
、
じぶんじしん
自分自身
の
あり
かた
方
に
も
かかわっている
関わっている
と
おもうように
思うように
なった
の
です
。
ー
---
きごう
#
きごう
#
じつようてき
実用的
な
どうき
動機
から
はじまる
始まる
がくしゅう
学習
おおく
多く
の
ひと
人
は
、
まず
じつようてき
実用的
な
りゆう
理由
で
げんご
言語
を
べんきょう
勉強
しはじめます
。
しごと
仕事
で
ひつよう
必要
だっ
たり
、
がっこう
学校
で
べんきょう
勉強
しなければ
ならなかったり
する
から
です
。
また
、
かいがいりょこう
海外旅行
で
こまらない
困らない
ようにしたい
と
いう
りゆう
理由
も
よく
ききます
聞きます
。
このよう
な
どうき
動機
は
、
とても
しぜん
自然
な
もの
だ
と
おもいます
思います
。
もくひょう
目標
が
はっきり
している
の
で
、
べんきょう
勉強
を
はじめ
始め
やすく
、
みじかい
短い
きかん
期間
で
も
せいか
成果
を
かんじやすい
感じやすい
から
です
。
じっさい
実際
、
きほんてき
基本的
な
かいわ
会話
が
できるようになる
と
、
げんご
言語
を
べんきょう
勉強
して
よかった
と
かんじる
感じる
ひと
人
は
おおい
多い
と
おもいます
思います
。
しかし
、
じつようてき
実用的
な
もくてき
目的
だけ
で
は
、
ながく
長く
べんきょう
勉強
を
つづける
続ける
の
は
むずかしい
ばあい
場合
も
あります
。
しごと
仕事
が
かわったり
変わったり
、
ひつよう
必要
が
なくなったり
する
と
、
べんきょう
勉強
を
やめてしまう
こと
も
すくなく
少なく
ありません
。
ー
---
きごう
#
きごう
#
じぶん
自分
の
あいでんてぃてぃ
アイデンティティ
と
の
かんけい
関係
げんご
言語
の
べんきょう
勉強
が
つづく
続く
ひと
人
の
おおく
多く
は
、
とちゅう
途中
で
べつ
別
の
りゆう
理由
を
みつけている
見つけている
ように
おもいます
思います
。
その
ひとつ
一つ
が
、
あいでんてぃてぃ
アイデンティティ
と
の
かんけい
関係
です
。
がいこくご
外国語
を
はなす
話す
とき
、
ひと
人
は
すこし
少し
ちがう
じぶん
自分
に
なる
ことがあります
。
わたし
じしん
自身
、
がいこくご
外国語
で
はなしている
話している
とき
、
ぼご
母語
で
はなす
話す
とき
と
は
すこし
少し
ちがう
かんがえ
考え
かた
方
を
している
と
かんじる
感じる
ことがあります
。
ひょうげん
表現
できる
ことば
が
ちがう
ため
、
きもち
気もち
の
つたえ
伝え
かた
方
も
かわります
変わります
。
その
なか
中
で
、
じぶん
自分
の
あたらしい
新しい
いちめん
一面
に
きづく
気づく
ことがあります
。
また
、
じぶん
自分
の
くに
国
や
ぶんか
文化
を
、
そと
外
から
みる
見る
ようになる
の
も
、
げんご
言語
を
まなぶ
学ぶ
こと
で
えられる
得られる
けいけん
経験
です
。
ほか
他
の
げんご
言語
を
しる
知る
こと
で
、
じぶん
自分
が
あたりまえ
当たり前
だ
と
おもっていた
思っていた
かんがえ
考え
かた
方
が
、
じつ
実
は
ひとつ
一つ
の
み
見
かた
方
に
すぎなかった
と
きづく
気づく
ことがあります
。
ー
---
きごう
#
きごう
#
ひと
人
と
の
つながり
を
もとめて
求めて
げんご
言語
を
べんきょう
勉強
する
おおきな
大きな
りゆう
理由
の
ひとつ
一つ
は
、
ひと
人
と
つながりたい
と
いう
きもち
気もち
だ
と
おもいます
思います
。
おなじ
同じ
げんご
言語
を
はなす
話す
こと
で
、
あいて
相手
と
の
きょり
が
ぐっと
ちかく
近く
なります
。
つうやく
通訳
を
とおさ
通さ
ず
に
はなせた
話せた
とき
、
あいて
相手
の
きもち
気もち
を
ちょくせつ
直接
かんじられる
感じられる
ようなきがします
ような気がします
。
たとえ
ぶんぽう
文法
が
かんぺき
完ぺき
でなくて
も
、
じぶん
自分
の
ことば
で
はなす
話す
と
、
あいて
相手
も
こころをひらいて
心を開いて
くれる
ことがあります
。
その
けいけん
経験
は
、
とても
つよく
強く
こころにのこります
心に残ります
。
ことば
を
とおして
通して
、
ぶんか
文化
や
かんがえ
考え
かた
方
だけ
でなく
、
ひと
人
そのもの
と
であえる
出会える
と
かんじる
感じる
しゅんかん
瞬間
です
。
また
、
げんご
言語
を
べんきょう
勉強
している
と
、
おなじよう
同じよう
に
まなんでいる
学んでいる
ひと
人
と
であう
出会う
こと
も
あります
。
その
なか
中
で
、
おたがいに
たすけあい
助け合い
、
はげまし
あう
合う
かんけい
関係
が
うまれる
生まれる
こと
も
あります
。
げんご
言語
は
、
ひと
人
と
ひと
人
を
つなぐ
どうぐ
道具
で
も
ある
の
です
。
ー
---
きごう
#
きごう
#
むずかし
さ
と
むきあう
向き合う
いみ
意味
げんご
言語
の
べんきょう
勉強
は
、
けっして
決して
らく
楽
な
もので
は
ありません
。
おもうように
思うように
はなせなかったり
話せなかったり
、
なんど
何度
も
おなじ
同じ
まちがい
を
したり
します
。
そのたび
に
、
じぶんのちから
自分の力
の
たりな
足りな
さ
を
かんじる
感じる
ことになります
。
それ
で
も
べんきょう
勉強
を
つづける
続ける
ひと
人
が
いる
の
は
、
その
むずかし
さ
の
なか
中
に
いみ
意味
を
みつけている
見つけている
から
だ
と
おもいます
思います
。
すこし
少し
まえに
前に
は
できなかった
こと
が
、
あるひ
ある日
できるようになる
。
その
ちいさな
小さな
へんか
変化
が
、
おおきな
大きな
よろこび
喜び
に
なります
。
また
、
むずかしい
ことに
むきあい
向き合い
、
つづける
続ける
けいけん
経験
そのもの
が
、
じしん
自信
に
つながります
。
げんご
言語
を
べんきょう
勉強
する
こと
は
、
ことば
だけ
でなく
、
じぶん
自分
の
かんがえ
考え
かた
方
や
にんたいりょく
忍耐力
も
そだてている
育てている
ように
かんじます
感じます
。
ー
---
きごう
#
きごう
#
いま
今
の
わたし
の
かんがえ
考え
いま
今
、
わたし
は
げんご
言語
を
べんきょう
勉強
する
りゆう
理由
を
ひとつ
一つ
に
きめる
決める
こと
は
できません
。
じつようてき
実用的
な
りゆう
理由
も
あります
し
、
ひと
人
と
つながりたい
と
いう
きもち
気もち
も
あります
。
そして
、
じぶん
自分
を
しる
知る
ため
に
べんきょう
勉強
している
ぶぶん
部分
も
ある
と
おもいます
思います
。
げんご
言語
を
まなぶ
学ぶ
こと
で
、
せかい
世界
が
すこし
少し
ひろがり
広がり
、
みえる
見える
もの
が
かわります
変わります
。
それ
は
おおきな
大きな
へんか
変化
で
は
ない
か
も
しれません
が
、
かくじつ
確実
に
じぶん
自分
の
なか
中
に
のこります
残ります
。
ー
---
きごう
#
きごう
#
おわり
に
ひと
人
が
げんご
言語
を
べんきょう
勉強
する
りゆう
理由
は
、
じかん
時間
と
ともに
かわって
変わって
いく
もの
だ
と
おもいます
思います
。
さいしょ
最初
は
ちいさな
小さな
りゆう
理由
で
も
、
つづける
続ける
うちに
、
もっと
ふかい
深い
いみ
意味
を
もつ
持つ
ようになる
ことがあります
。
げんご
言語
は
、
たんなる
単なる
どうぐ
道具
で
は
なく
、
ひと
人
と
せかい
世界
を
つなぐ
たいせつ
大切
な
しゅだん
手段
です
。
その
ことに
きづいた
気づいた
とき
、
げんご
言語
の
べんきょう
勉強
は
、
ただ
の
べんきょう
勉強
で
は
なく
、
じんせい
人生
の
いちぶ
一部
に
なる
の
ではない
でしょう
か
。
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